物語を生む文房具が人生には必要だ
手書きの文字は、ときにタイムマシンとなります。
引き出しの奥から偶然出てきた10年前の手帳を広げて自分の肉筆の文字を見ると、それが書かれた場所や、そのときの気持ち、吹いていた風の具合、食べたものの味などが、ほんのわずかの文字でも古い記憶からはっきりと蘇ることがあります。
こんなときに思うことは、「人間には物語が必要なんだ」ということ。
小説でも映画でも、その内容がとても非現実的なものでも、なぜかとても共感し、ときには郷愁を誘い、わずかな文字や映像が胸を締め付け、心を揺さぶることがあります。物語は、記憶に刻まれている自分史の琴線のどこかに強く触れることで、感情を大きく動かします。物語は、なにげない日常の中で、非日常的に生きている実感を与えてくれるものです。
ノートでも手帳でも日記でも、手書きされた文字は時間の経過とともに物語を帯びていきます。ペンやノート、手帳は、持ち主のそれぞれの物語を生み出し、そして残していく道具。だから時代が進んでも不変の魅力があり、その佇まいにはノスタルジックな雰囲気が漂っているのではないかと思っています。人生に物語が必要なように、人間らしく生きていくためにはペンもノートも必須なんです。これからも、ずっと。
そして、「郷愁」は、物語を生む大きな要素です。
例えばインクの「ブルーブラック」。自分の場合、実家に残っている父親の机の引き出しにはブルーブラックのインクが2つ並んでいます。持ち主はもういません。おそらく20年以上使われずにそのまま並んでいます。古くて吸入はできません。でも捨てることもできません。
帰省すると、その引き出しを開けてみるのですが、その度に父が万年筆でなにかを書いている様子や、インクを入れていた仕草などの記憶が蘇ってくるからです。
このブルーブラックは、いまでは「古典ブルーブラック」と呼ばれて普通の染料インクとは区別されています。古典ブルーブラックは、書くと紙面の上で空気に触れ、文字が化学変化を起こして最初の青からどんどん黒に変化していきます。黒くなるほど、色褪せず、水濡れにも強くなっていく特長があります。公文書に万年筆が多用されていた時代は必須の事務用品でしたが、時代は変わり、古典ブルーブラックはいま絶滅寸前。日本のメーカーではプラチナ万年筆が唯一、古典ブルーブラックを作り続けています。
そして、元気が出るニュースが届きました。古典ブルーブラックを作る製法で、新たに6色の「クラシックインク」がプラチナ万年筆から登場したのです。さらにポーランドの新興メーカーからも没食子を使った古典的な製法のインクが登場します。色数はなんと20色以上! 設計、製造したのは万年筆が大好きな若いポーランドの化学者です。
新しい「クラシック」が次々と生まれています。
とり急ぎ取材をして、なぜ、いま、クラッシックなインクを新しく作ったのか、聞いてみました。その答えは、3月1日発売の「趣味の文具箱」41号で掲載予定です。
存在自体が物語を帯びているインクには、その生い立ちにも濃厚な物語がありました。お楽しみに。
この記事は2017年2月17日に配信されたメールマガジンの内容を一部を転載して構成されています。各種情報は変更されている場合があります。
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清水 茂樹(しみず しげき)
1965年、福島県会津若松市生まれ。2004年より文具情報誌「趣味の文具箱」編集長。「ステーショナリーマガジン」「ノート&ダイアリースタイルブック」も手掛ける。ソリッドな黒軸、ネイビーブルー色のインク、風合いが育つ革、手のひらサイズが大好き。