ミニペンが好きです。
大は小をまったく兼ねない道具。ペンは、間違いなくそのひとつでしょう。
ペンは、持ち歩いたりポケットに入れたりする道具なので、使うスタイルや場所によって最適なサイズがあります。万年筆ではペン先とペン芯という独特の構造があり、このパーツの大きさと形で書き味も違ってくる。ミニペンとよばれる小さな万年筆は、ペン先の面は丸みを帯びていることが多く、長さも短いのでかなりかちっとした固めの感触の書き味が多い。手のひらにすっぽり収まるくらいのミニサイズを握って固めのペン先で書く感触は、実はかなり好きです。小さいならではの個性は道具の機能にも反映されているんですね。
ペリカン、スーベレーンM300のように、とてもかわいいのにペン先が薄めで、大型ペン先とは別味の異例な“おもしろ軟調”があったりすることも、これまた一興ですが。
かなり以前のこと。新宿のある百貨店の文具売り場を“巡回”していたときのこと。モンブランのミニペン、モーツァルトがウィンドウの中で光っていました。ちょっと見慣れない光り方だったのでケースに顔をぐいっと近づけてみると天冠に小さなダイヤが付いた限定モデルでした。そして金属のパーツは品のあるピンクゴールド(現在のモンブランはレッドゴールドと呼んでいます。このときのピンクゴールドのパーツは、いまよりもやや赤みが淡い、まさにピンクなのでした)。
限定モデルとしての最低限の主張をしながらも、ちょっと見は定番と区別が付かないような、控えめというかマニアックなデザインに一瞬で魅せられました。ベテランそうな女性の店員さんに「これ、ちょっと見せてください」とお願いすると、「どんな用途でお使いですか?」と。こんなかわいらしいペンが机上に毎日転がっていて、時には胸ポケットに挿して宝石が光線に当たって小さくキランとしていたら楽しいだろうな、くらいのミーハーな動機なんですと正直に言えばいいものの、ちょっとかしこまって「本を編集する仕事をしていて、それで使おうと思って…」と言いかけたら、「ああ、だめだめ。結構書くんでしょう。たくさん書く人はこのサイズは向いてませんよ。おすすめしません」。
「あっ、でも作家ではないので、ずーっと書き続けたりしないし…」。
「メモとか遊び程度にちょこちょこっと書くならいいですよ。でもね仕事には向いてない、これは」。
と、なんだか意地でも売ってくれない雰囲気になって、こうなると余計に欲しくなってくる不思議。この限定モーツァルトはほぼ完売していて、他の店にほとんどないこともわかっていたのでなおさら。ベテラン店員ならではの逆説の接客なのか…。
で、この後、
カートリッジしか使えないので燃費が悪い。
モンブランのカートリッジはとくに割高。
キャップを軸の後ろに挿す、挿さない選択も万年筆の面白いところなのに、そんな自由もない。
ペン芯が小さいので、インクと空気の交換作用もどこまでしっかり働くか見た目で心配になってくる…
そして「ペン先が短くて、湾曲もしているから書き味もカチカチですよ」と、とどめのひとこと。で、観念しました。
「すんません。この形と色にやられました。お願いだから売ってください!」。
「ほんとにいいの? 結構高いよこれ。とりあえず普通の(定番の)選んで試してからのほうがいいじゃないの」。
「いや、ここがキラッと光ってないといやなんです」。
「そうですか、わかりました」。
「ありがとうございます!」。
これほどまでの紆余曲折な衝動買いは空前絶後でした。単純にちっちゃいペンが大好きなんです、って初めから正直に言っとけばよかった。
「趣味の文具箱」を作り始める数年前のことで、万年筆っておもしろいなぁ、万年筆を売っている人もおもしろいなぁ、と感じたこの経験は間違いなくこの雑誌を作るきっかけのひとつとなっています。
なんだかミニペン、およびモーツァルトの悪口ばっかり並べた気分なので、いちロングユーザーとして感じているモーツァルトの美点を。
筆記時の全長は手のひらにすっぽり収まるほど短いのですが、原稿用紙3~4枚くらいの文字量ならこの短さはまったく気になりません。軸は金属(たぶん真鍮)なので適度な重みがあって筆記バランスも良い。何度か硬い床に落としましたが割れないし、へこまないし、とても丈夫です。
店頭でよく見かけるミニペンは、ペリカンのM300、アウロラのミニオプティマ、デルタのマリナピッコラなどなど。どれも形、色、バランス、書き味、そしてキュートな佇まいなど、どこを見ても個性派の名品揃い。ただの飾りペン、ちょこっと書くメモ用、なんて思い込んでいる方はとりあえず店頭で手にして、ぜひミニペンを体感してみてください。
この記事は2016年11月21日に配信された「【趣味の文具箱】Mail Magazine」の内容を一部を転載して構成されています。価格等の情報は変更されている場合があります
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清水 茂樹(しみず しげき)
1965年、福島県会津若松市生まれ。2004年より文具情報誌「趣味の文具箱」編集長。「ステーショナリーマガジン」「ノート&ダイアリースタイルブック」も手掛ける。ソリッドな黒軸、ネイビーブルー色のインク、風合いが育つ革、手のひらサイズが大好き。