小日向日記│自腹インプレッション
趣味の文具箱には、後ろのほうに「自腹インプレッション」というページがあります。
今号vol.40でいうと137ページ。「本誌編集スタッフが自腹で手に入れた逸品をレポートします!」というコーナーで、毎号楽しみにする記事です。
だって常に尋常でない数の文具と接しながら誌面を作る、あの編集部の人たちを毒牙にかけた逸品なのですから! なんだか嬉しくなってしまうのです。
しかし。打合せや取材などで編集部の人たちに会うことがあると、たいてい手元に見たことのない文具アイテムが。
「これ? この前買ったんだけど、気に入ってましてね」
なんて話があったりなどし、次に会うとまた新たなものを持っていて、
「ついにやっちゃいましたよ~」
なんて言っている。
そして趣味の文具箱が発売になって「自腹インプレッション」のページを見ると、それらとはまた全然違うものが載っているのです。
つまり、いつも毒牙にかかりまくっているのですよ彼らは!!
それも自ら喜んで。身体を張った文具使い。そのさまは、火中の栗を笑いながら拾いに行くかのよう。
よって自腹インプレッションに載るアイテムは、
「本誌編集スタッフが自腹で手に入れた逸品をレポートします!」
というあっさりとした話ではなく、
「本誌編集スタッフが自腹で手に入れたものはたくさんたっくさんあるんですけれども、そのなかから今号はこちらを選んでみました。…ああ、他の逸品を割愛せざるを得ないのは心苦しい。しかし誌面には限りがありますから致しかたありません。それではレポートします!」
というのが正しい。
掲載されているページの奧から、載らなかった他のアイテムの蠢くさまが漂うようで…。
そうしたたゆまぬ文具への関心と経験を重ねている彼らゆえに、あの微に入り細を穿つ誌面を実現させているのですね。
なぜ、自腹せずにいられないのか
小日向も時折、自腹インプレッションに声のかかることがあります。
「次号の自腹インプレお願いします」
編集部から連絡がある時は、たいてい何か大物に手を出してしまった直後。
「貴殿…どこで知った」
とでも言いたい気持ちになるもので、この「かぎつけ感」は半端ない。お見通しなのですね。…おそろしや!
これまでの自腹インプレ小日向分を振り返ると、以下のようでした。
◆趣味文29号 セーラー万年筆 プロムナード シャイニングブルー 万年筆
◆趣味文31号 ヤード・オ・レッド リージェント ペンシル
◆趣味文32号 デルタ ドルチェビータ パピヨン 万年筆
◆趣味文34号 パーカー ジョッター フライター ボールペン+OHTO ニードルポイント
◆趣味文35号 カランダッシュ エクリドール シェブロン ペンシル
◆趣味文36号 NOLTY 能率手帳ゴールド・能率手帳1・補充ノート
◆趣味文38号 エス・テー・デュポン フィデリオ グリーン×ゴールド ボールペン/ペンシル
自分にも、おそろしや。買ったのは、これらだけ「なわけはない」ことがじっとりと汗になって浮かびます。
手元に置きたくなってしまうのは記事に載せるために選んだアイテムや、取材に出かけた先で出合ったものが多く、
現物を目にしてしまう → 二度と離れられなくなる
という流れがほとんど。そこに「自腹せずにいられない」要因があります。
軸のつややかさ、散り輝くキラキラ、純銀のあたたかみ、ゴールドとシルバーそれぞれが持つ孤高の存在感、緻密な工芸、革の吸いつくような潤い、漆の艶めかしさ……それらがひとたび瞳と指先に「転写」されると、もう対価がああだこうだという話ではなくなってしまうのです。
「金ならいくらでもある。…いや金はないんだけど、いくらでもどうにかする。とにかくあとで考える。そうしよう。」という根拠のない自信がわき起こるのです。
では、めぐり合わなければいいのか
何か「僕らはなぜ出逢ってしまったのだろう」的な話になってきていますが、現物を目にさえしなければ自腹なくて(注・「自腹」の動詞化)済むのかというとそうではなく、写真からもその魔力は発せられることがあります。
それが、『趣味の文具箱』です。
腕に覚えあるカメラマンたちによって撮影される文具写真の数々は、ことによったら肉眼で見るよりも凄い。その初めの一撃が、表紙の万年筆です。これにやられてその万年筆を買いに走り、表紙と一緒に「記念撮影」する人も多いのではないでしょうか。
そして巻頭から巻末に至るまで、写真に隙なし。これも日頃から「恋に落ちて」いる編集者の感性の賜物です。
また、自腹インプレッションにしばしば登場するカメラマンの北郷仁さんも、大の万年筆好きとして知られています。万年筆を撮るうちに魅入られてしまったのか、御自身の写真の美しさに魅入られての万年筆好きなのか? 察するにその両方なのでしょう。
誌面や店頭、サイトで見る各メーカーの広告写真も選りすぐりのもの。
こうなると、たとえめぐり合わないようにしたところで、向こうのほうからめぐり合ってくるようなものです。
思うに趣味の文具箱編集部スタッフは、私たち文具ユーザーと逆の時系列を歩んでいるようです。
取材する→文具を買う→誌面を作る→本を完成させるのが、編集部スタッフ。
完成された本を見る→誌面を読む→文具を買う→文具を味わうのが、文具ユーザー。
そのミラー効果として、自腹インプレッションは欠かせない記事なのだと感じます。
自腹インプレしてみよう
そのようなわけで、皆さまも「自腹インプレッション手帳」を設けてみるのはいかがでしょう。
たとえば1ページ1アイテムにしたり、スペース自由で続けたり。
写真を貼ったり、絵を添えたりするとなお楽しそうです。
スペックなど記しておくのも良さそうですね。悩んでいる時には各種データを比較しますが、あとから忘れてしまいがちな情報です。
vol.40の場合、文字数については一番上のひとつは25字7行=175字、以下4つは22字×6行×2段=264字となっています。そちらに倣って200字や250字で書くと決めてみるのも、気に入った文具を簡潔に表すための意義深い書きものとなるはずです。
また、自腹インプレ記事はたいてい「アイテム概要+買ったいきさつ+魅力を感じるポイント+まとめ」で構成されています。これらを示すことを念頭に書いてみるのも有意義です。
…そんなものを書き並べたら、あとあと読み返すのがつらい?
大丈夫。恋焦がれる思いとその苦悩こそが、人生の機微となります。
「喉元すぎれば熱さを忘れる」ともいいましょうか。