パイロット エリートをなぜか買い続けてしまう理由/プラチナ万年筆「ニース」の縦溝に惚れる
(この記事は2016年9月からスタートした「【趣味の文具箱】Mail Magazine」の内容を一部を転載して構成されています)
パイロット エリートをなぜか買い続けてしまう理由
今回は父親の思い出の万年筆について。
父親は昭和4年生まれでした。健在であれば87歳。あの震災があった2011年の初夏に旅立っていきました。
中学校の理科と体育の教師をしていました。根っから演劇を愛好し、戦後すぐに地元(福島県の会津若松です)でアマチュア劇団を立ち上げ、採算を度外視しながら児童演劇に邁進した生涯でした。17歳で終戦を迎え、政治や思想や人々の考え方が激変した時代と多感な青春時代が複雑にシンクロした中で選んだ教職と児童演劇の世界。当時は道楽おやじだなぁと思っていましたが、新しい日本の子どもたちの未来に向けて自分ができることを必死に考えた父なりのライフワークだったのだと当時の父の齢に達した最近になってやっと気づきました。いま生きていれば、当時考えていたことなどもゆっくり聞いてみたいなぁと思うものの、時すでに遅し。
自分が小学生の頃は、平日の夜も週末も父親の姿はほとんど家庭にありませんでした。たまの日曜日に父の買い物に付き合いで行く場所が近所の文具店でした。学校で使う三角定規や演劇の稽古場で使う小道具の材料など。いつもこまかくて大量の買い物をしていた姿が記憶に残っています。
ある日のこと。「今日はオサダ(市内の大きな文具店、いまでも元気に営業中)に万年筆を買いにいくぞ」とボソッとひとり言をつぶやくように声をかけられました。ガリ版の鉄筆やら藁半紙(知らない方はググってみてください)は、家の中に当たり前のように転がっていましたが、万年筆の記憶はほとんどありません。わずかなこずかいは大道具などの原資になっていたのでしょう。
この日、オサダで買った万年筆は、おそらくパイロットのエリートだったと思います。遺品を整理しているときに机の引き出しから黒いエリートが1本出てきたからです。この万年筆の姿を目にした瞬間、オサダから帰ってきてうれしそうに箱を開けカートリッジインクを差し込んでいる、あの日の父の姿が蘇りました。
父はクリップのちょうど真裏にあたる空間に名前をローマ字で彫刻してもらっていました。いつもと違ってオサダの滞在時間がやけに長く、さすがに飽きて疲れて帰ってきた記憶も薄っすらと残っています。金色に光る筆記体の自分の名前を指で撫でる姿を見て、子どもながら(当時の自分はおそらく10歳くらい、つるつるですね)に、珍しく子どもみたいに喜んでいるなぁ、と感じたものです。いまになって、わかります。この気持ち。昂り。喜び。
ただ、不思議なことがあります。机の奥のエリートを取り出して、まっさきにクリップの裏側を眺めてみたのですが、名前の彫刻がありません。まっさらのつるつる。おそらく、もう1本、もしくは2本くらいエリートを買っていたのかもしれません。
エリートは、いま現代的な設計で復刻モデルが登場しています。小ぶりなサイズ、大型のペン先、そしてペンポイントは往年のモデルを彷彿とさせるトラッドな形をしています。書き味も素晴らしい。自分はこの新しいエリートを4本くらい買ったでしょうか。あのときの父の喜ぶ心持ちを追体験するかのように。後輩の若い編集者にプレゼントしたら、とても喜んでくれました。「すげぇかっこいいですね、このペン」。キャップに名前を彫刻した父の万年筆も、同じように職場の後輩の手に渡っていったのでしょう。
形見となった父のエリートに久しぶりにカートリッジを挿してみました。ペン先を紙にのせると、ブルーブラックの線が元気よく流れるように紙面を走り出しました。今度帰郷したら墓参りにでも行ってこようと思っています。
プラチナ万年筆「ニース」の縦溝に惚れる
プラチナ万年筆の♯3776センチュリーは、日本製万年筆の使いやすさと品質の高さを象徴するモデルです。2011年にフルモデルチェンジをして現在のモデルが登場すると大ヒット商品となり、現在でも増産が続くロングセラーとなりました。ペン先の独自の加工、長さ、重さ、バランスなど書く道具として徹底して設計が見直されています。カラーバリエーションも多く、多彩にラインアップが広がっています。自分が好きなモデルは「ニース」です。一番の理由は、軸とキャップにあるタテ溝です。
♯3776の原点は1978年に登場したギャザード(現在も発売中)。このモデルはその名のとおり、ギャザー(しわ)状の溝が横に並んでいます。このギャザーはグリップを良くする、握っている部分の熱を逃がすなどの効果があります。実際に握ってみると、確かに指の中でしっかりホールドする感覚があります。
ニースの縦溝は、万年筆を握る3本の指に軽く力を入れると心地よい刺激とともに、指先での独特のひっかかりを生み出してくれます。またキャップを外す、締める動作も確実にしてくれる効果もあり、この形はとても機能的であることがわかります。今回製造中のオリジナルモデル「ウォーターブルー」は、ニースの軸をベースに、人気の富士五胡シリーズの精進で使われた限りなく透明に近いブルーのスケルトンとなります。ぜひお楽しみに。
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清水 茂樹(しみず しげき)
1965年、福島県会津若松市生まれ。2004年より文具情報誌「趣味の文具箱」編集長。「ステーショナリーマガジン」「ノート&ダイアリースタイルブック」も手掛ける。ソリッドな黒軸、ネイビーブルー色のインク、風合いが育つ革、手のひらサイズが大好き。